シニア、世界情勢を考える。by tadashian

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台湾とリトアニアと

こんにちは、そして、こんばんは、ただっしゃん(@tadashian1)です。 当ブログにお立ち寄り頂き、誠にありがとうございます。

 

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台湾情勢、最近、大きな動きが三つ起こっています。

 

一番目は、バイデン大統領が、「台湾が中国から攻撃されたら、アメリカは台湾を防衛する」と明言したこと。

 

www.bloomberg.co.jp

ブルームバーグ、2021年10月22日より

 

バイデン米大統領は21日、米国には台湾を守るコミットメントがあり、台湾が中国から攻撃を受けた場合には米国は防衛に向かうと表明した。

  バイデン大統領はCNNがメリーランド州ボルティモアで開いたタウンホール集会で、「中国は米国が世界最強の軍を有することを知っている」と述べ、懸念するのは中国が深刻な間違いを犯しかねない活動に従事していることだと付け加えた。

 

 

二番目は、アメリカ軍が、なんと40年ぶりに台湾に戻ってきたということです。

 

mainichi.jp

毎日新聞、2021年10月28日より

 

 台湾の蔡英文総統は27日に放映された米CNNのインタビューで、派遣された米軍が台湾軍に訓練をしていると認めた。台湾の総統が米軍による訓練の実施を公に認めるのは1979年の米台断交後、初めて。米国の強い関与を公表することで、台湾側は軍事的圧力をかけてくる中国に対抗する狙いがあるとみられる。

 米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は今月上旬、米海兵隊と台湾海軍が共同で小型艇を使った訓練を実施しているほか、特殊作戦部隊と支援部隊の二十数人が台湾陸軍の訓練に当たっていると報じていた。こうした訓練は少なくとも1年前から実施されているという。

 蔡氏は英語で取材を受け、米軍が台湾軍の訓練に参加しているかを問われ「イエス」と答えた。CNN記者が「現在、何人の米兵がいるか」と問うたが、蔡氏は「多くない」と述べるにとどめた。蔡氏は訓練の詳細は明かさなかったが「我々の防衛力を向上させるために米国とは幅広い協力をしている」と言明。中国が台湾への攻撃を試みた場合に「米国が台湾を守ると信じているか」との質問には「確信している」と答えた。

 

アメリカと台湾は1954年から1979年まで、「米華相互防衛条約」により、軍事同盟国だったんですね。

 

ja.wikipedia.org

 

でも、アメリカと中国が国交を樹立したため、米軍は去って行きました。

 

三つ目は、アメリカが「台湾を国連に加盟させよう運動」を開始したこと。

 

www.fnn.jp

FNNプライムオンライン、10月28日より

 

アメリカのブリンケン国務長官が、国連の加盟国に対し、台湾の参加を支持するよう呼びかけた。

ブリンケン国務長官は26日、声明を発表し、台湾による人権の尊重や法に基づく統治を評価したうえで、「国連の価値観と一致している」として、加盟国に対して、台湾の国連機関への参加を支持するよう呼びかけた。

また、新型コロナウイルス対策で成果をあげた台湾が、WHO(世界保健機関)の会合に参加できないことを例にあげ、「台湾排除は国連や関係機関の活動を弱体化させる」と強調している。

 

第2次世界大戦が終わりを迎えた時の中国本土は、国民党の「中華民国」が統治していました。

 

それで、中華民国が国連に加盟し、安保理常任理事国になっていたのです。

でも、中国本土で内戦が始まってしまい、結果、共産党が勝利してしまいました。

1949年に、中華人民共和国が建国され、中国本土を支配します。

 

国民党は、台湾に逃げました。

 

これによって、

・中国本土は、共産党が支配し、中華人民共和国を建国しました。

・国民党=中華民国は、台湾に逃げました。

・台湾にある中華民国が、国連安保理で拒否権をもつ常任理事国になりました。

 

中華人民共和国はこれに超不満で、「台湾を国連から追放しよう運動」を開始します。

1971年、台湾を国連脱退に追い込むことに成功しました。

 

以後、台湾は、国連に入れていません。

でも、なんとアメリカが、「台湾を国連に入れましょう」運動を開始しました。

 

 

この三つは、どれもかなり「歴史的」な動きと言えます。

 

 

 

もう一つ、これまた「歴史的」といえる出来事が起こりました。

 

news.tv-asahi.co.jp

 

11月18日、テレ朝ニュースより

 

台湾外交部はバルト三国リトアニアに事実上の「大使館」となる代表事務所を正式に開設したと発表しました。

 台湾外交部は18日、リトアニアに事実上の大使館にあたる「台湾代表処」を開設したと発表しました。

 外交部は「台湾とリトアニアの協力関係に新たなページが開かれた」とし、半導体やレーザー技術、さらに金融システムにおいて協力していくとコメントしています。

 

リトアニアに事実上の「台湾大使館」が開設されました。

 

そして早速、中国は報復措置に出ます。

news.tv-asahi.co.jp

11月21日、テレ朝ニュースより

 

 

では、リトアニアって、どんな国なんでしょうか?

 

ロシアの西側に位置し、ポーランドベラルーシの北側にある、エストニアラトビアと共に、「バルト三国」と呼ばれている「旧ソ連国家」ですね。

 

でも、バルト三国って、そのほかの旧ソ連諸国とは事情が異なっているみたいです。

 

バルト三国以外の共和国は、ロシア革命が起こった1917年から、ソ連が建国された1922年までにソ連の一部になりました。

でも、バルト三国ソ連に併合されたのは、第2次世界大戦中の1944年だったのですね。

 

当然、リトアニアの人々は、「強制的に併合された」という意識を強くもっていたみたいです。

それで、1944年から1952年まで、併合に反対する戦いを展開してきました。

 

しかし、敗北してしまいました。

結果、この過程で76万人のリトアニア人が殺されたといわれています。

 

ja.wikipedia.org

 

1944年、ソ連軍が再び侵攻し、その後はリトアニアソビエト社会主義共和国としてソ連編入された。1944年から1952年にかけて、約10万人のパルチザンソビエト当局と戦った(「森の兄弟たち」)。約3万人のパルチザン兵士およびその支援者は殺され、そのほかにも多くが逮捕され、シベリアのグラグへと強制追放された。第二次世界大戦中、あわせて78万人の住民がリトアニアで殺された。

 

独立回復へ
1986年以降、ソ連ミハイル・ゴルバチョフ政権によるペレストロイカグラスノスチを機に、国民運動サユディスが設立され、その後独立運動へと発展していった。1990年のリトアニアソビエト社会主義共和国最高会議選挙でサユディスは大勝利し、その後の1990年3月11日、初の非共産党員の最高会議議長・ヴィータウタス・ランズベルギスが独立回復を宣言。これはソビエト連邦構成共和国の中でもっとも早いものであった。国内に他民族(おもにロシア人)が少なかったことが、国内意見の集約を容易にさせた側面があるとされる。

 

リトアニアが、独立を宣言したのは、1990年3月です。

その後、ソ連邦の構成共和国は、次々と独立を宣言します。

でも、リトアニアが1番初めに独立を宣言したんですね。

 

そんなリトアニアは、ソ連に併合され、抵抗しつづけた歴史から、 自由や民主主義に対する思い入れがとても強いんでしょうね。

 

彼らが台湾と中国の関係を見ると、かつてのリトアニアソ連の関係に見えるのでしょう。

 

 

香港を見れば分かりますよね。

中国の支配下に入れば、言論の自由、信教の自由、結社の自由は消滅します。

民主主義は死に体で、「習近平の悪口を言ったら即逮捕」ということが当たり前のようになるのでしょう。

 

リトアニアの人々は、自分たちの歴史を思い出して、「台湾を助けなければ!」と決意したのでしょう。

 

 

じゃあ、日本は、一体どうすればいいのでしょうか?

 

台湾は現在、世界一の親日国家です。

でも、中国の支配下に入れば、「反日教育」が開始されて、20年後いや10年後には、中国、韓国並の「反日」国家に変わってしまうのでしょうね。

 

そして、中国政府は、台湾に命じます、「尖閣、奪ってこいや!」と。

 

私たちは、目覚める時に来ているのかな、と思います。

 

 

過去記事です<(_ _)>

 

tadashian.hatenablog.com

 

 

 

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