シニア、世界情勢を考える。by tadashian

健康のためノルディックウォーキング・トレッキングに励むシニア、如何にして就業寿命を伸ばすか考える日々そして世界情勢

地域格差の人類史(7)

こんにちは、そして、こんばんは、ただっしゃん(@tadashian1)です。 当ブログにお立ち寄り頂き、誠にありがとうございます。

 

今から1万1500年前に農業革命が起こりました。世界のいろいろな場所での作物を人間自らの手で栽培を始めました、地域によって種類は異なっていました。これも格差の一因なのです。

中東は、小麦・大麦です。

中国は、コメです。

南北アメリカは、トウモロコシ、カボチャです。

アフリカは、モロコシ、イモです。

この中でもっとも生産性が良かったのが、中東の小麦・大麦だったのです。

また、今から9000年前には家畜革命が起こりました。最も有益だった、牛・豚・ヒツジ・ヤギも中東が原産だったのです。

こうして、ホモサピエンスの中でもっともいいスタートが切れたのが肥沃な三日月地帯に位置するエジプト文明メソポタミア文明が出現することになった中東なのです。

にもかかわらず、現在の中東は栄えていません。それはその原因の一つがこんな昔なのに「環境破壊」と考えられているのです。今現在、中東と言えば「砂漠」をイメージしますが当時は緑豊かな肥沃な土地だったそうです。結局、人間が水を枯渇するまで消費して木々を伐採し尽くした結果、徐々に砂漠化したためだと考えられています。

そのため人々は移動することになります。ただ移動するのは南北ではありません。東西に移動します。なぜか?それは緯度が同じであれば、気候が似ているので農業しやすく、家畜にも無駄なストレスをかけずに済むからです。中東がダメならどこに行くのか。

2015年のヨーロッパの難民の移動経路を思い出してください。まさにこれが、何千年前にもの起こっていたのです。

ja.wikipedia.org

経路的にはシリアからトルコ、東ヨーロッパを経由してイタリア・フランス・ドイツへ移動しようとしていたことは記憶に新しいのではないでしょうか。

そして、文明の中心が中東からローマ帝国に移ってゆきます。

紀元前509年(今から2529年前)、王制ローマは倒されて、共和制ローマに移行します。そして、紀元前27年(今から2047年前)、共和制から帝政に移行します。

ローマ皇帝テオドシウス1世は392年、キリスト教を国教にします。395年、テオドシウス1世の長男アルカディウスが統治する東ローマ帝国と次男ホノリウスが統治する西ローマ帝国に分裂します。そしてその西ローマ帝国は486年、ゲルマン系新興国フランク王国からの攻撃を受けて滅亡します。ただし、このフランク王国の皇帝カールは800年、「ローマ皇帝」となり、神聖ローマ帝国は、1804年まで続く事になります。

ヨーロッパは十字軍遠征等で疲弊してゆきます。

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その後、時代はスペインの時代を迎えます。コロンブスの新大陸の発見後、コンキスタドール(とくに15世紀から17世紀にかけてのスペインのアメリカ大陸征服者、探検家を指します)がアメリカ大陸に渡ります。

当時のアメリカには、アステカ文明マヤ文明(メキシコ)やインカ文明(ペルー・ボリビアエクアドル)があり、次々にコンキスタドールはこれらを滅ぼしていったのです。

南米のインカ帝国は1530年当時、南北4000キロの長さを持つ巨大帝国だったのです。(日本の長さは2787キロ)インカ皇帝の配下には8万人の軍隊が存在したのです。当時としては最大に規模を誇るのではなかったでしょうか。でも、当時ヨーロッパには生産性の高い大麦・小麦があります。インカでは生産性の低いジャガイモ・トウモロコシが生産されていました。また、ヨーロッパでは中東よりもたらされた牛・豚・ヤギ等の家畜がいましたが、インカには家畜はラマだけだったそうです。

そのような状況のなか、1532年11月16日、ピサロが168人のスペイン人を連れてインカ皇帝アタワルパに謁見に行きます。(正確には謁見場には行かず、おびき寄せたのですが)インカ軍は兵隊数6千人(ただし、なんと非武装で丸腰!)

ピサロ軍は銃・鉄製の剣を持っていました。前回、述べましたが、インカ皇帝アタワルパがキリスト教徒に改宗しないと分かるや否や、インカ軍に攻撃を始めたのです。武力差は歴然で、ほぼすべてのインカ軍を殺してしまい、アタワルパは捕虜となってしまったのです。つまり、この時8万人もいるインカ軍の支配権を奪ったのです。

アタワルパを捕虜にしたピサロは、インカ帝国から20トンの金銀を強奪したあと、用済みのアタワルパを絞首刑にしたのです。

もう一つ、アメリカ征服に一役買ったのが「疫病」(特に天然痘)です。すでに流行を繰り返していた天然痘、ヨーロッパ人は集団免疫をもっていました。

恐ろしい事にスペイン人が持ち込んだ天然痘により、南北アメリカの先住民の95%は死んだのではないかという説もあるのです。

大量の金銀を得たスペインは世界でもっとも豊かな国になり覇権国家になっていきました。

 

このように、銃・病原菌・鉄を先に持ったヨーロッパ人は、19世紀までに世界のほとんどの植民地化に成功していったのです。

 

アメリカ大陸の住民の人口構成を劇的に変えてしまった、この出来事の教訓は地域格差を含めて

  • 油断が帝国の崩壊を招く
  • 性能のいい武器は、人数の差を超える
  • 疫病を侮ってはいけない

特に3番目の疫病(天然痘パンデミック)でアメリカの先住民、インディアンが壊滅状態になってしまったことは忘れてはいけないと思います。

 

新型コロナウイルスで100万人の方々がなくなった(2020年9月28日現在)事は現在にも通じるものがあると思います。ただ、この約半数がアメリカ・インド・ブラジルが占めています。国家の指導者の疫病に対する考え、大事ですね。

 

 

 このジャレド・ダイアモンド氏書著「銃・病原菌・鉄」の表紙はまさにピサロがアタワルパをつかまえんとしているところです。

 

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